
ゆっくり時を刻む
北の国へ
こんにちは、高橋です。9月初旬、仕事で北海道 千歳と札幌を訪問した際に、プライベートをくっ付け道内を少し回らせていただきました。途中で立ち寄った『富良野・ドラマ館』でのこと。
皆さまもご存知の映画「北の国から」と、著者の倉本聰さんにまつわる展示が成された昭和感たっぷりな建物。どこからか「蛍~」と五郎さんの声が聞こえてきそうな空間。懐かしさゆえ、しばし「北の国から」の世界に浸っていました。
そこで、印象深い展示物を目にしました。倉本聰さん直筆の言葉が木製のフレームに入った壁掛けです。そこには、
「森の時計は ゆっくり 時を刻む 聰」
と書かれていました。何というか、言葉が目からコメカミ、後ろ頭を回ってジーンと入ってきて、目頭が熱くなる感覚が降りてきました。「森の時計は」「ゆっくり」「時を刻む」、たった3行に込められた、大きな事を成し遂げた男ならではの言葉。
日頃から落ち着きなくアタフタと、あちこち動き回っている自分には「ゆっくり時を刻む」感覚がなかったのです。後ろ頭をガツーンと殴られたような刺激を受けました。
聡明な聰さん
倉本さんご自身も、最初から万事がうまくいったわけではないと思うのです。連続テレビドラマ「北の国から」の原作と脚本を書いた倉本さん。1981年10月から翌年3月までのワンクールが金曜夜に放送され、1983年から2002年までは、富良野を舞台にした八篇のドラマに、黒板家の21年を描かれました。
苦労などと軽く言ってしまえないご苦労が、おそらく山のようにあったことでしょう。もの書きとして、右に振るか左に振るか、期限を前に岐路に立たされたこともあったでしょう。浮かれ話や惑わす話も、たくさんもたらされたはず。すべてが順調に右肩上がりだったわけではないと思うのです。
もちろん、田中邦衛さんや吉岡秀隆さんたちの名演技があってこそ、「北の国から」は倉本さんの代表作となりました。完遂した際の「やり遂げた感」と脱力感は、いかばかりだったか。
「森の時計は ゆっくり 時を刻む」こんな言葉、最初から成功しつづけた人からは出てこないと、私は思うのです。
一つ処に止まらず
私がふだんから心がけているのは「2日間情報を集め、1日熟考し、行こう(やろう)と決めたら翌日には即実行」。
タカレンの12人が集中して考え、やると思ったことを行動に移していけば、自ずと結果はついてくると信じています。
山ノ内から日照町へ会社を移し、やっと2ヶ月。タカレンの毎日は「光陰」のごとく猛ダッシュする日々です。間違いなく今は、そのくらいピッチを上げて、全員で気持ちを一つに進んでいく時期。その先にきっと「ゆっくり時を刻む」感覚が見つかるはず。
そう感じたことも、日常からしばし離れたおかげ。時には、どっぷり社業に染まり切っている自分を、俯瞰して見ることも大事やなと思いました。
あと5年、10年先、60歳、70歳と齢を重ねていく中で、果たして私は倉本さんの表わされた感覚に至ることができるのか?
「高橋聖介、負けへんで」。今回の旅を胸に刻むべく、五郎さんのモスグリーンのニット帽を購入しました。一目惚れです。
高橋 聖介
